【カンボジア渡航】渡航同行者の感想 木村さん編

先日のカンボジア渡航で、職員の視察渡航に同行をした里親木村さんより感想が届きましたのでご紹介させていただきます。

木村さんは、ホームランド孤児院が支援するSaru君の里親として、2015年より支援を続けてくださっています。

今回はSaru君に会うために、同行を決意!

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カンボジア視察渡航に参加して

9月1日キリングフィールド、9月2日トゥールスレン博物館に行きました。なぜ、カンボジアが、こんなにも貧しいのか、そうなった理由、歴史を知らなくてはと思ったのです。予備知識として、ポルポト政権時代の事を勉強してきたのに、ショックで言葉も出ず、辛くて写真も撮る事もできませんでした。同じ民族なのになぜ…。医者、教師、僧侶など知識人が殺され、(ただ眼鏡をかけているというだけで、むごく殺された人もいます。)人口約900万人→300万人に減少したと言われています。

9月2日の午後、NGOうどんハウス代表の元日赤の婦長さんが援助して作った、小学校や小学校のトイレ、手洗い場、保健室を視察に行きました。

英語もあまり喋れないのに、シニア海外ボランティアとして、4年半カンボジア国立小児病院で医療支援をし、NGOうどんハウスを設立し、図書室の一角に保健室を作るよう指導したり、幼児・児童の死亡率の高いこの国に、トイレや手洗い場を設置して、衛生的な学習環境を確保する支援を行っている楠川さんのパワーに驚かされました。

 

9月3日、プノンペン→バッタンバンまで6時間かけて移動しました。左側通行で、舗装されていますが、トゥクトゥクが走ったり、牛が歩いたりして、ヒャッとする事が何度かありました。ホームランド孤児院に着くと、ReamSaru君が待っていてくれました。彼と飛行機を作って遊びました。

9月4日午前中フェアトレード商品を作っているラチャナハンディクラフトに行きました。最初に送った足踏みミシンを使っているのにびっくりしました。また、子供を連れてくるのも、家の用事で遅れてくるのも自由。出来高払いなので、働きやすいだろうなぁと思いました。

孤児院では、10名の里子さんが待っていてくれました。それぞれの里親さんからのプレゼントをもらって嬉しそうでした。シャボン玉をしたり、折紙をしたり、サッカーをしたりしました。

午後、シェムリアップに帰る6人の子共たちと3時間の車移動。カンボジアのミュージックをかけながらテンションMAXの子共達。

9月5日、アンコールワットまで30分の距離なのに行った事がないという子供達と遺跡巡り。出会って3日目にして、Saru君から手を繋いでくれました。35歳のガイドのソクチュームさんが、「自分が小学校に入学したのは、11歳の時で、その時はまだ、日本や他の国の支援は、まだあまりなかった頃で、貧しいから、ガイドの学校も無料で優先的に入れました。今は、いろいろな国の支援があるので、小学校に入る年齢が早くなりました。昔より恵まれている。」と言っていました。

Saru君は14歳で小6、ほかの同級生は、15歳でした。貧しくて家の手伝いをしたり、行ける小学校の数が少なかったのかもしれません。

ガイドさんが、クメール語で子供達にも壁面のレリーフの説明をしてくれていました。一緒に遺跡をまわった子供達の中には、将来ガイドになろう!と思ってくれる人がいるかも…。子供達と廻れて楽しかったです。

私は、日本に生まれた事を喜び、物心ついた頃から、水道をひねれば、水は出るし、歯磨きや食事の前の手洗いは、当たり前だし。こういう制度を作ってくれた過去の人達に感謝しつつ、毎日を大切に生きていかなければいけないと思いました。(全文そのまま掲載)

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